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歯科医学, 2000, 63(1): 23-32

 

触覚センサーを用いた咬筋の筋疲労判定に関する検討

片 山 博 司 (かたやま・ひろし)

稲 田 條 治 (いなだ・じょうじ)

大阪歯科大学生理学講座573-1121大阪府枚方市楠葉花園町8-1

 

抄緑:咀嚼運動後の筋疲労の有効な判定方法を検索するために・新しく開発された触覚センサーを用いて,ヒトの咀嚼筋のうちで咀嚼力・咬合力の発現に最も強く関与する咬筋について,実験的に咀嚼疲労を起こさせたときの硬さおよび弾性について測定するとともに,従来の測定方法の−つである筋活動電位の周波数分析を行った結果と比較検討した.

その結果,触覚センサーを用いた場合,すべての被験者の咀嚼側の咬筋において,筋疲労の特徴である筋の硬さの増加(関数グラフの接線の傾きが小さくなること)および弾性の低下(残留変形が大きくなること)が咀嚼回数(0,50および100回)に比例して段階的に出現することを明らかにした.また,非咀嚼側においても咀嚼側ほどには明瞭ではないが,筋の硬さの増加および弾性の低下が咀嚼回数に比例して段階的に出現した.一方,同時に記録した咬筋の活動電位における周波数分析では・高周波数成分(300−500Hz帯)の減少によって筋疲労を判定したが,咀嚼側でも非咀嚼側でも高周波数成分の減少度が咀嚼回数に比例していた者はわずか(咀嚼側:6名中2名,非咀嚼側:6名中1名)であり・他の被験者では不明瞭であった.

以上のことから,本研究で検討した触覚センサーを用いて測定する方法は筋活動電位を測定して周波数分析する方法よりも正確に筋疲労の状態を判定できることが明らかになった.

緒  言

咀嚼運動後の咀嚼筋の筋疲労の判定には,従来おもに表面筋電図あるいは咬合力を分析する方法が用いられているが,これらの方法だけでは咀嚼筋の複雑な構造・機能上の特性に基づいた筋疲労の状態を十分に把握できないことが明らかになってきた.1,2 そこで,本研究では,咀嚼回数の増加に伴う咀嚼筋の疲労時のパラメーターを検索するために,新しく開発された触覚センサーを用いて,咀嚼筋のなかで咀嚼力・咬合力に最も強く関与する咬筋の硬さ・軟らかさ(以下,硬度と略す.)および弾性を測定し,これらのパラメーターが筋疲労を可及的に正しく判定できるものであるか否かを検討した.なお,筋疲労については従来から用いられている筋活動電位における周波数分析も同時に行い,触覚センサーを用いた実験結果と比較検討した.

実験材料および方法

1.被験者

咬合が正常で,また口腔疾患のない成人男女6名(男子5名:被験者A−E;女子1名:被験者F,年齢21−23歳)を被験者とした.なお,実験はヘルシンキ宣言を遵守して行った.

2.測定部位および実験装置

咀嚼側(被験者の習慣性咀嚼側,被験者A−CおよびF:右側;被験者DおよびE:左側)ならびに非咀嚼側の咬筋の安静時,市販のチューインガム(NO‐TIME,ロッテ,東京,以下,ガムと略す.)2枚を最大咀嚼力(被験者にできるだけ強く噛むように口頭で指示する.)での50回咀嚼直後および100回咀嚼直後(筋を弛緩させた静的状態)の硬度および弾性の変動を新しく開発された触覚センサー(Fig.1,アクシムバイオセンサー・オートプレスタイプ,アクシム,郡山市)3を用いて測定した.すなわち,クランプによって固定した触覚センサーの接触子(振動用の圧電素子によって一定の周波数で振動しており,対象となる物体に接触するとその周波数が変動して物体の硬度や弾性を検知する部分)をシールドルーム内で簡易歯科椅子(安頭台付,コマツ,戸田市)に座らせた被験者の顔面皮膚から咬筋の収縮時の最大膨隆部(あらかじめ,触診によって検索し,水性マーカーにて印記する.)に垂直方向からモータードライフによって押し当てて測定し,データ解析用ソフト(Venustron:Windows95/98NT4.0作動用,アクシム)を介してパーソナルコンピュータに導出した.

Katayama 2000 Figure 1

なお,安静時,50回咀嚼直後および100回咀嚼直後における硬度および弾性の測定(咀嚼疲労実験)終了後に,ガムを除去してかみしめ(最大咬合力でかみしめるように口頭で指示する)を行わせ,咀嚼側および非咀嚼側のかみしめ時(筋活動時)の硬度および弾性も測定した.

3.硬度および弾性の解析方法

それぞれの実験条件において,触覚センサーの接触子をモータードライフにより,深さ7mmまで押し当て,さらに同一速度でもとの位置に戻したときの関数グラフ(Fig.2)の接線の往路の傾き(計測物が軟らかい場合は傾きが大きく,硬い場合は傾きが小さくなること)から硬度を,また,関数グラフの往路と復路との差(残留変形が小さいほど弾性が高いこと)から弾性を測定した.なお,硬度については従来の解析方法である応力・ひずみ曲線(ステイフネス=荷重/変位量)4による解析も行った.

Katayama 2000 Figure 2

4.咬筋活動電位の周汲数分析

ガム咀嚼における咀嚼側および非咀嚼側の1-5回咀嚼時(初期値),46-50回咀嚼時(50回値)および96-100回咀嚼時(100回値)の筋活動電位を表面筋電図用の小型円盤電極(ユニークメディカル,東京)を用いて双極導出(極間距離:10mm,触覚センサーの押し当て部位と同−の位置には電極を置けないので,前述した硬度および弾性の測定部位から下顎角方向へ8mm寄りの皮膚表面に咬筋筋線維の走行にそって貼付し,テープで固定した.)し,多用途監視記録装置(RMP-6008M,日本光電,東京)を介してデータレコーダー(PSC-4100,SONY,東京)に記録した.なお,筋活動電位の周波数分析にはMacLab/8s(AD Instruments,オーストラリア)を用いた.

実験成績

1.硬度

   1)咀嚼側

すべての被験者において,関数グラフはFig.3のようなパターンを示した.すなわち,同じ押し当て圧における関数グラフの接線の往路の傾きは安静時,50回咀嚼直後,100回咀嚼直後およびかみしめ時の順に小さく(硬く)なった.また,安静時,50回咀嚼直後および100回咀嚼直後では押し当て圧が38−72gから,かみしめ時では18−43gから急激な硬さの増加が認められた.この現象はとくに100回咀嚼直後において著明であった.押し当て圧が50gのときの硬度変動はTable 1およびFig.4に示すとおりである.

Table 1   Changes in stiffness (Df/Dx) and elasticity (Hz) for the masseter muscle on the mastication side under various conditions
Subject Resting 50 cycles 100 cycles Clenching
Df/Dx Hz Df/Dx Hz Df/Dx Hz Df/Dx Hz
A 1.8 75 1.1 85 0.8 98 0.6 12
B 1.6 95 0.9 112 0.8 118 0.5 21
C 3.5 92 1.7 97 0.4 112 0.1 32
D 1.2 83 0.9 95 0.7 110 0.4 13
E 3.1 86 1.6 100 1.5 106 1.1 23
F 2.4 73 1.2 83 1.0 98 0.8 14

 

Katayama 2000 Figure 4

また,応力・ひずみ曲繚における変位(押し当て)量については,安静時,50回咀嚼直後および100回咀嚼直後では3.8−4.8mmから,かみしめ時では0.5−3.2mmから急激な硬さの増加を認めた(Fig.5).

Katayama 2000 Figure 5

   2)非咀嚼側

被験者A−DおよびでFは,咀嚼側と同様に,安静時,50回咀嚼直後,100回咀嚼直後およびかみしめ時の順に硬さの増加が認められた.また,咀嚼側と同様に,安静時,50回咀嚼直後,100回咀嚼直後では押し当て圧が41−73gから,かみしめ時では20−42gから急激な硬さの増加が認められた.ただし,安静時,50回咀嚼直後および100回咀嚼直後における硬度は,咀嚼側ほど明らか差は認められなかった.なお,被験者Eでは50回咀嚼直後および100回咀嚼直後の硬度に差は認められなかった.押し当て庄が50gのときの硬度の変動はTable 2およびFig.6に示すとおりである.

 

Table 2   Changes in stiffness (Df/Dx) and elasticity (Hz) for the masseter muscle on the non-mastication side under various conditions
Subject Resting 50 cycles 100 cycles Clenching
Df/Dx Hz Df/Dx Hz Df/Dx Hz Df/Dx Hz
A 1.7 73 1.5 80 1.3 84 0.5 14
B 1.5 93 1.3 98 1.2 100 0.4 26
C 3.6 88 3.1 92 2.8 102 0.1 35
D 1.1 86 1.0 90 0.8 94 0.3 15
E 2.8 87 2.2 93 2.2 94 1.0 22
F 2.2 75 2.0 79 1.7 81 0.6 16

 

Katayama 2000 Figure 6

また,変位量については,安静時,50回咀嚼直後および100回咀嚼直後では3.6−4.7mmから,かみしめ時では0.6−3.3mmから硬さの増加を認めた.

2.弾性

  1)咀嚼側

押し当て庄が約70−120gの範囲では,すべての被験者において,同じ押し当て圧での残留変形量は安静時,50回咀嚼直後および100回咀嚼直後の順に段階的に増加(弾性が低下)した.また,かみしめ時の残留変形量は安静時,50回咀嚼直後および100回咀嚼直後と比較して明らかに減少(弾性が高進)した.押し当て圧が80gのときの残留変形量はTable 1およびFig.7に示すとおりである.

Katayama 2000 Figure 7

 

  2)非咀嚼側

咀嚼側と同様に,押し当て圧が約70−120gの範囲では,すべての被験者において,同じ押し当て圧での残留変形量は安静時,50回咀嚼直後および100回咀嚼直後の順に増加(弾性が低下)したが,残留変形量の変動は咀嚼側ほど明らかな差は認められなかった.また,かみしめ時の残留変形量は安静時,50回咀嚼直後および100回咀嚼直後と比較して明らかに減少(弾性が高進)した.押し当て圧が80gのときの残留変形量はTable 2およびFig.8に示すとおりである.

Katayama 2000 Figure 8

3.咀嚼時における咬筋の筋活動電位の周波数変動

  1)咀嚼側

被験者AおよびBでは初期値,50回値および100回値の順に高周波数成分(とくに300−500Hz帯)の出力が段階的にしかも急激に減少している(Table 3,Fig.9).しかし,被験者C−Fでは咀嚼回数の増加に伴う段階的な出力の減少は認められなかった.すなわち,初期値,50回値および50回値における差は小さく,しかも咀嚼回数に逆比例しなかった.

 

Table 3   Analysis of the frequency components of the masseter muscle electromyogram during the 1st to 5th cycles, 46th to 50th cycles, and 96th to 100th cycles of mastication
Subject Cycles Mastication side Non-mastication side
100-200 Hz 300-500 Hz 100-200 Hz 300-500 Hz
A 1-5 -0.1 (121.1) -17.1 (424.2) -1.1 (160.2) -14.4 (377.3)
46-50 -2.2 (128.9) -22.0 (478.9) -1.5 (105.5) -17.3 (338.3)
96-100 -6.3 (175.8) -30.5 (385.2) -4.0 (105.5) -19.7 (322.7)
B 1-5 -0.1 (144.5) -15.1 (314.8) -0.6 (160.2) -24.2 (330.5)
46-50 -0.1 (175.8) -19.4 (393.0) -0.8 (160.2) -30.5 (346.1)
96-100 -0.1 (125.3) -24.6 (322.7) -9.9 (128.9) -37.1 (322.7)
C 1-5 -0.1 (160.2) -18.6 (361.7) -0.1 (136.7) -25.5 (314.8)
46-50 -6.2 (168.0) -26.4 (346.1) -0.1 (168.0) -26.2 (369.5)
96-100 -0.1 (183.6) -27.7 (307.0) -0.6 (121.1) -26.9 (353.9)
D 1-5 -0.1 (175.8) -25.5 (346.1) -3.0 (113.3) -26.6 (324.2)
46-50 -0.1 (168.0) -26.0 (338.5) -6.1 (144.5) -25.0 (330.5)
96-100 -1.7 (199.2) -26.7 (322.7) -8.8 (136.7) -28.0 (346.1)
E 1-5 -0.1 (121.1) -26.0 (322.7) -0.1 (121.1) -22.7 (361.7)
46-50 -3.7 (131.4) -30.2 (463.3) -0.1 (136.7) -24.3 (338.3)
96-100 -1.6 (121.5) -30.5 (307.0) -0.1 (152.3) -24.9 (338.3)
F 1-5 -1.1 (144.5) -22.9 (322.7) -0.1 (191.4) -14.9 (369.5)
46-50 -0.1 (128.9) -23.2 (486.7) -0.1 (190.5) -18.1 (416.4)
96-100 -1.4 (152.3) -27.3 (369.5) -0.1 (198.3) -19.3 (322.7)
dB (Hz)

また,初期値,50回値および100回値における各被験者の周波数の最高出力は,121.1−199.2Hzの範囲の低周波数帯において変動した(Table 3).

Katayama 2000 Figure 9

  2)非咀嚼側

被験者Bでは初期値,50回値および100回値の順に高周破数成分(とくに300−500Hz帯)の出力が急激に減少している(Table 3,Fig.10).しかし,被験者AおよびでC−Fでは,咀嚼回数の増加に伴う周波数の変動は小さく,初期値,50回値および100回値における段階的な出力の減少はほとんど認められなかった.

また,初期値,50回値および100回値における各被験者の周波数の最高出力は,105.5−198.3Hzの範菌の低周波数帯において変動した(Table 3).

Katayama 2000 Figure 10

考  察

1.咀嚼筋の特性について

骨格筋の筋線維は組織学的には赤筋と白筋とに古くから分類されてきた.現在では酵素活性に基づいて筋線維の分類が行われ,I型(赤筋),IIa型(白筋)およびIIb型(白筋)に分類されている(IIc型の未分化線維を加えて分類されることもある.).I型,IIa型およびIIb型はそれぞれ生理学的にはS型(遅収縮性,疲労しにくい),FR型(速収縮性,疲労しにくい)およびFF型(速収縮性,疲労しやすい)に対応している.咀嚼筋は解剖学的分類上,骨格筋に分類されるが,四肢の筋と比較して筋線維の形態,構成比率および性質がかなり異なっている5−7し,さらに3種類の型それぞれの中間型が存在するともいわれている.また,咀嚼筋は一つの筋全体をみても四肢の筋に比べて筋長が短く,筋腹は単純な紡錘形ではない(たとえば,咬筋は厚い長方形であり,集中的に強い咀嚼力・咬合力を発生する.).三谷8は咀嚼筋は筋線維の走行が複雑で神経筋支配比が小さく,左右対称の下顎骨の両端に顎関節を有し,咬合という特異な条件を具えていて,対称性ならびに非対称性の機能運動をするために左右同名筋のCoordination patternには四肢の筋の場合と異なる点が多いと述べている.さらに,Morimoto9およびChristensen10は咀嚼筋中には筋紡錘(ほとんどすべての骨格筋に存在する.)以外にGolgi腱器官のような別の伸張受容器が存在し,ヒトにおいては下顎位の認識に役立つことを示唆している.すなわち,これらの咀嚼筋の特殊性から,当然のことながら,咀嚼筋の筋疲労の発現様式は他の骨格筋とその内容を異にすると考えられる.笠嶋ら11は咀嚼筋の筋疲労について筋力および筋活動電位の周波数を分析して四肢の筋との比較を行い,咬筋および側頭筋では上腕二頭筋および大腿直筋に比べて疲労に伴う筋力の低下が少なく,また,その回復が速やかであることを報告している.一般に,筋疲労の原因についてはエネルギ−源(ATP)の枯渇,収縮要素の障害(収縮機構のカルシウム感受性の低下),運動神経を含めた中枢神経の制御(抑制)機構などが考えられている12が,咀嚼筋の筋疲労は咬合力や筋活動電位(振幅の実効値,積分値および周波数分析など)から分析されることが多い.しかし,咬合力1ならびに筋活動電位の振幅の実効値および積分値1,2は筋疲労前後ではほとんど変化しないことも報告されている.また,筋疲労を筋活動電位の周波数分析から判定することにも限界があるといわれている.13

そこで,著者らは咀嚼筋のうちの咬筋について,筋疲労を判定するための新しい方法として触覚センサーを用い,従来の方法のうちでよく用いられてきた筋活動電位の周波数分析14−26との比較を行った.

2.本実験に用いた硬度および弾性の測定装置の原理について

物体はそれぞれ固有振動数を有しており,振動する物体Aが異なる物体Bに触れた場合,AとBとを合わせた固有振動数に移行する.この実験に使用した触覚センサーは,振動体として圧電素子が用いられている.圧電素子は,電気が通じると振動すると同時に,振動が加えられると電圧が発生するという特性があり,振動用の圧電素子(振動子)と振動感知用圧電素子(ピックアップ)とを組み合わせ,ピックアップから出力された振動の変動をとらえ,帰還回路を通じて振動子に戻して同時にその変動が出力される.27

−般に,長さ l の振動子中に平面波が伝えられるとき,共振周波数f0は(1)式となり,振動子に音響負荷Zxが加えられたときの共振周波数fxは(2)式となる.また,音響負荷の有無による共振周波数の変動量Dfは(3)式に表わされる.

katayama2000_form1.jpg (2406 bytes) (1)
katayama2000_form1.jpg (2406 bytes) (2)
katayama2000_form1.jpg (2406 bytes) (3)

 

ただし 次数
振動子の長さ
Z 振動子の音響インピーダンス Z=pc
振動子の密度
音速
負荷音響インピーダンスのリアクタンス

周波数変動量Dfは振動子に接触する物質の特性によって異なるので,Dfを求めることにより物質の硬度が検出できる.

また振動子先端部に接触される物質の音響インピーダンスは(4)式のように表わされる.

katayama2000_form1.jpg (2406 bytes) (4)
ただし 放射抵抗
質量
スティフネス
角周波数

振動子の先端に接触子を付加し,半径aの球状とすれば,rx,mxおよびkxはそれぞれ半径aの2粟,3粟および1棄に比例する.そこで,共振時のリアクタンス項のみを考慮すると,接触面の小さい範囲で(3)式はスティフネス効果により(5)式となり,質量効果で(6)式となる.

katayama2000_form1.jpg (2406 bytes) (5)
katayama2000_form1.jpg (2406 bytes) (6)
ただし 0 回路における共振時の等価インピーダンス
0 質量
0 スティフネス

よって,センサー先端部を−定の接触圧で物質に押し当てたとき,その物質が十分に硬ければ接触面積の増大が少なく,周波数変動量はスティフネス効果となり,また軟らかい場合は接触面積が増大して質量効果となるので,このときの周波数変動を求めることで物質の硬度をリアルタイムで検出することが可能である.

とくに,この実験においては触覚センサーユニットがモータードライブにより,指定した深さまで押し当てられ,さらに同一速度(4mm/秒)でもとの位置に戻されるオートプレスタイプのセンサーを用いたことにより,測定物質の硬度と同時に弾性をも測定可能となった.

ところで,従来,皮膚や筋のような生体組織の硬度については,工学的手法によって種々検討されてきた.4,28−30これらには,変位および荷重の測定や機械インピーダンスの測定ならびに物質の波動伝藩速度の測定などによる方法がある.しかし,変位および荷重による方法では物体の硬度は測定できても,弾性は測定できない.また,その他の方法は装置が大がかりで,しかも測定部位が限定されるので,とくに今回の実験のような測定部位の計測には不適当である.すなわち,今回使用した触覚センサーは顎顔面および口腔領域の軟組織の特性を把握するのにたいへん適しているものと考えられる.

3.咬筋の硬度および弾性の変動について

この実験において咬箭の硬度の変動および弾性の変動は,顔面皮膚から測定した.ヒトの生体において触覚センサーを直接的に筋に押し当てることは不可能であり,顔面皮膚および脂肪組織を介して測定することになる.ヒトの身体における皮膚の厚さは約1−4mmであり,Motookaら3は顔面皮膚の硬度測定において触覚センサーの変位量を3mmに設定している.著者らの実験では,触覚センサーの変位量が少ないと顔面皮膚および皮下胎肪組織の,また多すぎると骨(下顎枝)の硬度が影響するので変位量を7mmに設定した.その結果,安静時,50回咀嚼直後および100回咀嚼直後の硬度測定では,約4mmから7mmの変位量の範囲においては筋の実質的な影響と考えられる明らかな押し当て圧の急激な増加が確認された(Fig.5).

実験成績1および2において,咀嚼側でも,また非咀嚼側でも,安静時,50回咀嚼直後および100回咀嚼 直後において,押し当て圧40g付近から筋の影響が顔面皮膚に現われていると考えられる硬さの増加が認められた.また,筋の直接的な硬度および弾性の変動と思われる現象は押し当て圧が70g付近から認められた(Fig.3).押し当て圧50gにおいて,咀嚼側の筋の硬さはどの被験者においても,安静時,50回咀嚼直後および100回咀嚼直後の順に段階的に明瞭に増大した.また,押し当て圧が約70−120gの範囲において,とくに咀嚼側では咀嚼回数の増加に伴って弾性が低下した.これらのことは,咀嚼回数の増加に伴う筋疲労の影響を的確に表わしているものと考えられる.

なお,かみしめ時には咀嚼側および非咀嚼側の硬度変動は押し当て圧が15g程度から認められた.また,かみしめ時の弾性は安静時,50回咀嚼直後および100回咀嚼直後に比べてかなり高かった.かみしめ時のような持続的な筋活動状態での測定値が安静時,50回咀嚼直後および100回咀嚼直後のような静的状態での測定値と異なるのは当然のことであると考えられる.

一般に筋の硬度が上昇する原因としては,箭収縮に伴う筋の弾性の低下や,運動による血流量の増大あるいは筋疲労時の乳酸等の疲労物質の増加によって浸透圧が大きくなり,筋が腫脹することが考えられている.すなわち,Motookaら3は大腿二頭筋の疲労について筋の硬度,弾性,および乳酸値の変動から明らかにしている.したがって,咀嚼筋においても上記と同様の変化が起こるものと堆察できる.

4.筋活動電位の周波数分析からみた筋疲労の判定とその限界について

従来,咀嚼筋の筋疲労を起こさせる方法には,かみしめ(等尺性持続収縮)がよく用いられ,また,筋疲労の状態の判定には筋活動電位の周波数分析が行われることが多い.今回の実験においても従来の方法と新しく開発された触覚センサーによる方法とを比較するために100回咀嚼における筋活動電位の周波数分析を行った.加藤は持続的なかみしめを行わせたときの筋疲労時においては咬合力の低下に伴い,周波数成分の低シフト化(高周波数成分の筋線維活動が減少し,低周波数成分の筋線維の活動が主体となる.)が起こることを報告している.著者らの実験においては実際の咀嚼時の筋疲労について検索すべく,ガム咀嚼時の周波数分析を行ったが,とくに咀嚼側において100回咀嚼時の初期値,50回値および100回直の順に高周波数成分の出力の減少および最高出力を示す周波数の低周波数帯における変動が確認された.ところが,初期値,50回値および100回値の順に段階的な明らかな高周波数成分の出力の減少がみられたのは,咀嚼側では被験者6名中2名,非咀嚼側では1名であった.このことは,持続的かみしめ時と,強く噛ませているガム咀嚼時とにおける実験条件の相違によるものかもしれない.しかし,周波数分析の結果だけでは筋疲労の程度が明確に判定できなかった同一被験者においても,触覚センサーを用いて筋の硬度および弾性をパラメーターとすることによって,明らかに咀嚼回数の増加に伴う筋疲労の状態を判定できることが確認された.

5.歯科領域における触覚センサーの今後の利用価値について

咀嚼筋の異常は一般に筋スパズムと筋疼痛に代表され筋スパズムは外傷,筋の伸張あるいは収縮過剰および筋疲労によって起こりうるとされている.31本実験から,触覚センサーによって不正咬合者または咬合異常者における咀嚼筋特有の筋スパズム(とくに,触診だけでは分かりにくい微細な筋攣縮)の存在が判定できるものと考えられる.したがって,口脛外科学あるいは歯科補綴学領域で利用される可能性が考えられる.また,触覚センサーには接触子の形態を本実験に使用したものよりも小型化したものがすでに開発されており,各分野で研究に用いられている.32−34とくに,医療分野において,生体軟組織の病的変化の早期診断に応用されているので,歯科領域においても,著者らとは異なるタイプの触覚センサーを用いると,より小さな狭い部位にも応用できる.すなわち,歯周病学,口腔衛生学あるいは小児歯科学領域でも利用できる可能性が考えられる.

稿を終わるにあたり,終始ご指導およびご校閲を賜わった大阪歯科大学生理学講座吉田 洋教授に深謝いたします.また,実験にご協力いただいた被験者各位に厚くお礼申し上げます.

本論文は第470回大阪歯科学会例会(2000年2月12日,枚方市)において発表した.

 

引用文献

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